トップ 差分 一覧 ソース 検索 ヘルプ ログイン

テトラチアフルバレン

1.はじめに

テトラチアフルバレン(TTF、図 1)は化学的・電気化学的手法により酸化され、安定な有機ラジカルを形成する。このTTFカチオンラジカル同士は、π−π相互作用によりカチオンダイマーを、中性のTTF分子とTTFカチオンラジカルとは、電荷移動相互作用により、混合原子価状態を形成する。(文献1)また、混合原子価形成に伴うスタッキングが自己集合的に繰り返されることで、一次元のファイバー構造を形成する。また、電子ドナーとの自己集合的なスタッキング能を利用することで、分子機械のアクチュエーターとしての利用も行われている。以上のように、TTFは様々な電子状態を取り、特に有機ラジカルを安定した状態で存在させる。また、構造変化を伴う自己集合能を有しており、さらに得られた集合体が導電性を発現することから、有機電子・スピン材料として有用な物質である。

図1. TTFの様々な電子状態

2.有機透明導電膜の開発(文献2)

可視領域において強い吸収を持たない透明導電膜は、太陽電池や液晶テレビの電極などとして広く利用されている。しかし、その主要材料である酸化インジウムスズ(ITO)は、原料の資源的制約から代替材料が求められている。豊富なπ電子を持ち強い電子供与性を有するTTFは、化学的、電気化学的手法で酸化することにより容易にカチオンラジカルに変化し、これが中性TTFとπスタックすることで混合原子価状態積層体を形成する(図 2)。この積層体は導電性を示しており有用な有機電子材料の候補として期待されている。しかし、一般的に、このようなTTFの混合原子価状態積層体やナノワイヤーは、結晶性が高いために極めて脆く成型加工性に劣るという欠点がある。また、TTFのみの結晶は着色のため透明度が低い。そこで、TTFナノワイヤーを高分子の支持体によって固定化することで、最少限のTTF分子で導電性材料を作成できるのではないかと考えた。TTFラジカルカチオンと中性のTTF、並びにポリマー溶液を混合し、基板上にキャストすることで薄膜のコンポジットを作成した。(図3)得られたポリマーコンポジットは低濃度のTTFで導電性を発現することが示された。さらに、このコンポジットは可視光領域での光の吸収や散乱をあまり持たないため、高い透明度を示すことがわかった。

図2. TTF混合原子価ナノワイヤーによる導電性フィルム.

図3. a. 全有機透明導電性フィルム. b. TTF含有量の多いフィルム. c. PEDOT-PSSフィルム. d. 混合原子価TTFのみのフィルム.

3.スピン濃度傾斜材料(文献3,4)

有機ラジカルの生成や挙動をフォトパターニングによって精密に制御することは、スピントロニクスや有機電子素子、光電子素子等への応用に向けた重要な要素技術となる。TTF は、酸存在下で安定な有機ラジカルを生成する。また、中性TTFとTTFカチオンラジカルとの電荷移動相互作用により、自己集合的に混合原子価積層体を形成する。我々は以前、ポリ塩化ビニル中にTTFを添加し、光照射を行うことで高分子薄膜中におけるTTF混合原子価状態の形成を確認した。本研究では、他の汎用性高分子薄膜においてもポリ塩化ビニル中と同様に、TTFの電子状態と集合体形成を制御することを目的とした。具体的な手順として、光酸発生剤を利用することで、TTFラジカルカチオンと混合原子価を形成させることを計画した。まず、TTF/光酸発生剤/PMMAコンポジットフィルムを作成し、得られた薄膜に254 nmのUV光を照射したところ、TTF混合原子価状態の形成が確認された。さらに、これらの濃度制御およびPMMAのガラス転移温度とTTF混合原子価生成量の関係について検討を行った。また、ラジカルの濃度と空間的配置を制御することを目的として、フォトパターニングによるラジカル濃度傾斜材料の作成を行った。1枚のフィルムに、異なる時間UV光を照射し、80度でアニーリングを行った。その結果、1枚のコンポジットフィルム中において、UV照射時間変化させることにより、TTFカチオンラジカルおよび混合原子価積層体の濃度を制御することができた。(図4)この結果は、ラジカル分布のフォトパターニング、および濃度制御が可能となったことを意味する。

図4. フォトパターニングにより作成されたスピン濃度傾斜材料

4.参考文献

1. Tanaka et al. Langmuir 2009, 25, 6929

2. Tanaka et al. J. Polym. Sci. Part A: Polym. Chem. 2009, 47, 6441

3. Tanaka et al. Langmuir 2010, 26, 1152.

4. Tanaka et al. Langmuir 2010, 26, in press.